この家は長年舞踊をやっている。なんて舞踊だとか、どんな歴史があるだとか、詳しいことは知らない。興味がないからだ。長男のくせにと周りの大人たちは言うけれど、興味がないものはないのだから仕方ない。両親も今まで俺に舞踊を強要したことはなかった。稽古場に行くかと聞かれ、行かないと答えればそれで終わりだった。だからそれでいいと思っていた。このまま舞踊に触れず、家は継がずに適当な場所に就職するのだとぼんやりと予想していた。
ある日、いつものように父親が俺に声をかけた。
「一緒に来るか」
「いまテレピ観てるから」
ちょうどやっていた、夕方時のつまらないバラエティー番組を理由にして断る。いつものことだった。これで父親が「そうか」と言いひとりで出て行く。今日もそうだと思った。だが何故か今日は次の父親の言葉が予想から大きくはずれたところから来た。
「いいから来い」
あまりにも変化球なうえ、腕まで引かれたので、俺は思わず「えっ」と素っ頓狂な声をあげてしまった。そんな俺に構いもせず、父親は腕を引いたままスタスタと歩いていってしまう。十八年間この家の子供でいたがこんなことは初めてで、俺はわけもわからずに連れて行かれてしまった。
稽古をする道場の目の前には海岸が広がっている。無理やり稽古場まで連れてこられたものの道場まで引っ張って行かれることもなく、しかし家まで帰る足もない俺は手持ち無沙汰に夕日に染まる海を眺めていた。
ふと気が付くと、海沿いに歩く人影が見えた。自分と同い年くらいの少女が、裸足で波を追うようにゆっくりと歩いていた。夕日をバックにする少女は何故か幻想的で、俺はその少女をぼんやりと眺めていた。ぼんやりし過ぎていたせいか、少女がこちらに近付いて来るのに気付けなかった。
「センセイのお子さんですよね」
そう話しかけられて、ようやく少女との距離が話せるほど近いことに気が付く。驚いた俺は、ハイ、とちゃんと発音したのかどうかわからない返事をした。
「わたし、舞踊習ってるんです」
そう言ってニコリと笑う少女に、俺は顔を赤くして曖昧に頷いた。今思えば、あの瞬間からその少女に惹かれていたのだと思う。
それから稽古場に積極的に足を運んだ。最初は渋った道場にも入り込み、彼女と共に稽古に励むようになった。稽古は割と頻繁にあるので、彼女に会えることも伴って楽しみでしょうがなかった。
学校の友人に「彼女でもできたか」と勘ぐられたが、笑ってはぐらかした。
ある日、舞踊の発表が近いことを彼女に聞いた。
「頑張るから、観に来てね」
彼女はずいぶんと張り切っているようで、今までにない笑顔でそう言った。それに少し嫉妬したが、俺はもちろんと快諾し、稽古に励む彼女を応援した。
本番当日、彼女はうちで俺の母親に衣装の着付けをしてもらい、その衣装のまま俺のところまで来てくるりとまわってみせた。
「似合う?」
期待を込めて聞く彼女に、俺は頷いた。実は裾を踏みそうでハラハラするなんて言えない。うちの母親の着付けは完璧で、裾が下がることはあり得ないのだが、普段の彼女を知っているからこその杞憂だった。
そのままうちから発表場所に向かうことになり、車の後頭部座席に俺と彼女で並んで座った。外は出会ったときのような綺麗な夕日に染まっていた。
「初めて会ったときもさ」
「ん?」
「こーゆうかんじだったよね、外」
「……そうだね」
同じことを思っていたのが嬉しくて、口元が緩んだ。
――発表が終わったら、彼女に気持ちを伝えよう。
俺はそう、一人決意した。
発表場所は道場だったが、踊るスペースが円形に作られており、ぐるりと客席になっているので全く隙を見せられないようになっていた。上がり症の彼女が心配だったが、順番がきたときの彼女は今までにないほど頼もしい顔をしていて、俺は人知れず胸を撫で下ろす。
曲が始まると、彼女は流れるように踊り出した。白い衣装が彼女が舞う度に宙に弧を描き、音もなく降り立つ彼女の周りだけ重力がなくなってしまったかのようだった。魅入られたように客席側は微動だにせず、曲が終わり、彼女が礼をしてもしばらくは動き出すことが出来なかった。終わっても反応がないことを不安に思った彼女が戸惑いがちに視線をさまよわせたところで、弾けるように沸き起こる拍手と喝采。最初はぽかんとしていた彼女も、やがて安心したように笑うと再び礼をして舞台から去っていった。彼女が去った後も、しばらく拍手がやむことはなかった。
全ての演目が終了し客席もまばらになり始めた頃に、未だ衣装に身を包んだままの彼女が俺の元にやってきた。踊り終わってから直しも何もしていないのだろう。衣装も着崩れ、せっかく施したメイクも半分以上落ちてしまっていた。
「どうした、そんな慌てて」
「先、帰っちゃうかもって思って」
その言葉に俺は軽く吹き出した。この発表会の主催者である父親の車で来たというのに、どうやって先に帰るというのだ。
そう言ってやると、彼女は「そっか」と恥ずかしそうに笑った。そして少しの沈黙が俺たちの間を支配した。
――今言うべきなのだろうか? だけどまだ周りに人がいるし…。
そんなことを考えていると、いきなり彼女ががしっと俺の両腕を掴み、ばっと顔を上げて、言った。
「私とっ! 結婚して下さい!」
そこから先はあまり覚えてない。どもりながらもはいと言った気がするし、周りから拍手された気もするし、帰りの車内がすごく気まずかった気もする。でもそんなもの、今となってはどうでもいいのだ。そう。今となっては。
「最初は結婚を前提にお付き合いして下さいって言うつもりだったんだよね」
「……へえ」
彼女もあんなに恥ずかしがっていたくせに、今となっては平気で当時の話をする。俺はそのたびに恥ずかしさと先に言わせたという情けなさがぶり返すというのに、なんだか損をしている気になる。
「そろそろ行くか、稽古」
「うん」
父親はずいぶん前に引退し、今では俺と彼女であの道場を切り盛りしている。門下生も増え、今のところは順調だ。
俺は稽古場に向かう前に、いつものように一人息子に声をかけた。
「お前も一緒に来るか」
「いまテレピ観てるから」
すぐさまそう返され、俺は苦笑混じりでため息を吐いた。やりとりを聞いていたのか父親が、「今となっちゃ懐かしいなあ」と笑った。
てゆう夢みた。(ガチで)
普通に書くとごちゃごちゃしそうだったから小説風にしてみた。余計ごちゃごちゃした。orz
読んだ人素晴らしいです。
そんな私はこれから稽古。
卒業式でやる予定のよっちゃんとの2人芝居も練習せねば!!
公式にこんなん投稿してすみません。